せーはくの備忘録

備忘録(びぼうろく)は、記憶すべき事柄を簡単にメモするための個人的な雑記帳である。

さよならサマータイムマシン/ガルラジ合同『___・ラジオ・デイズ』より

こちらは、2020年5月に発行された『ガールズ ラジオ デイズ』の合同同人誌『___・ラジオ・デイズ』に寄稿させていただいた文章です。

主宰の ひっかけさん より許諾を頂いたので、私がガルラジプロジェクトに携わったことの証明として公開させていただきます。

拙い文章ではありますが、ご興味あれば是非。

 

合同本の企画について→ ガルラジ合同本やります - TwiPla

 

f:id:sehaku:20230520222216j:image

 

 

~~~~~~~~~~

 

本文

 

 『さよならサマータイムマシン』

 

 

 ●オープニング 

 私の名前は八百枝慎也【やおえだしんや】。今年で31歳のしがない放送作家だ。
 ラジオ好きな親の影響で幼い頃からラジオに触れていた私にとって、テレビゲームや鬼ごっこよりも、ラジオが何よりのエンタメだった。中学の休み時間は放送室にこもってひとりでラジオごっこをしていたし、家に帰ればアンテナを伸ばし天気に一喜一憂しながらラジオを聞いていた。
 そんな子どもだったので当然友達も少なく、スポーツや勉強も得意ではなかった私だが、唯一、人並み以上にできたものがある。それが番組へのお便り投稿だ。ラジオを聞くうちにお便りを送るようになり、すぐに初採用を勝ち取った。「ナインティナインのオールナイトニッポン」だった。
 初めて自分のラジオネームが読まれたとき、鳥肌が立って、胸が熱くなって、世界が止まったような気持ちになったことを覚えている。実際に止まっていたのは世界ではなく私の思考で、気付いた頃には岡村さんが次のお便りを読んでいたのだが。
 そんな私もやがて高校デビューを飾り、めでたく陽キャ(というか悪友)の仲間入りを果たした。その一方でラジオへの熱はますます上がり、放送中の番組だけでは飽き足らず、親が録音していたカセットテープで、既に放送が終了していた名番組の数々も聞いていた。「福山雅治オールナイトニッポン」なんかがその一例だ。その中でも、私がもっとも好きだったのが「犀川くるみのミッドナイトレディオ」だった。
 ご存知の通り、デビューから数年後の2004年6月に、犀川くるみは理由も告げずに引退している。それでも私は10年前の番組宛に、出会えたことへの感謝と、これからの夢――くるみが復帰するときが来たら放送作家として一緒に仕事をしたいから、それまで私をラジオ局で働かせてほしいというお願い――を書いて送った。
 それから半年後。高校の卒業式を終えた私のもとに、1通のハガキが届いた。「来週の土曜日、ここで。犀川くるみ」。短い文と地図だけが書かれたそのハガキが届いたとき、私の世界が動き出した。
 サイズの合う私服がドクロ柄しかなく、悩んだ末に制服を着て半信半疑で指定の場所に行くと、ひとりの女性がいた。姿を見たことはなかったが、すぐにくるみだと分かった。
「こんにちは。八百枝慎也です」
「こんにちは。犀川くるみです」
 擦り切れるほど聞いていたはずなのに、全く違う声が鼓膜に響いた。これがくるみの生の声、そして今の声。うっかり泣きそうになりながら、そんな場合じゃないと慌ててくるみに向き直す。
「あの、どうして僕に連絡を」
「どうしてって、手紙に書いてあったじゃない」
 まさかあの手紙が本人の元へ届いたのか? 放送局の人に届けば御の字と思っていたのだが。
「あ、局のスタッフからもらったのよ。お便り読むのなんて久しぶりで嬉しくなっちゃった。それで……ごめんね、私はもうラジオをやらないの。でも、せめて紹介してあげようと思って。ほら」
「え?」
 私の後ろを見るくるみの目線の先には、男がひとりいた。
「星野さんよ。『ミッドナイトレディオ』の作家さんって言えばわかるかな」
「『ミッドナイトレディオ』の作家さん……って、トマトさんですか……?」
「ハハハ! リスナーさんの中ではそう呼ばれていたね。懐かしいなぁ。トマトさん改め星野です、どうも」
 笑い声を聞けば分かる、確かにトマトさんだった。くるみが続ける。
「彼、もうすっかり売れっ子だからメール選びに手が回らないらしくて」
「はあ」
「私がラジオをやってた頃に比べて、お便りを送りやすくなったのは良いことだけど、選ぶ方は大変なのよね」
「はあ」
「だからあなたを雇いたいって」
「はあ……え?」
 突然の展開に、まだ若い私は戸惑っていた。
「そういうこと! つまり、僕の弟子として一緒にやってみないかってこと。雑用っぽいこともあるけど、交通費くらいなら出してあげるから」
「そんな軽い感じで良いんですか……?」
「良いの良いの。僕もお手紙読ませてもらったけど、君が書いていた『ミッドナイトレディオ』の好きなところ、当時の僕がいちばん拘っていたところと一緒だったんだよね。ってことは波長が合うってことだから、君がサブ作家で付いてくれると助かるんだよ。どう、やってみない?」
 そんな流れで、私は放送作家の世界に飛び込んだ。


 *

 

 あれからもう12年が経つが、時折あの日のことを思い出す。
 当初は随分ちやほやされたものだ。私は、それを私の才能のおかげだと思いこんでいた。でも実際に評価されていたのは、私が書いた台本ではなく私の若さだった。それに気付いたとき、私は星野さんから独立した。星野さんは引き止めてくれたが、彼の優しさに頼ることに心が耐えられなかった。
 それでも私は、都内の映画館でバイトをしながら、ローカルFMや同人ドラマCDの台本を書き続けた。それはただの小さな意地で、私からラジオというものがなくなると何も残らないことを知っていたから、そこに縋っているだけだった。
 今年のポケモンもそろそろ公開終了という頃、自宅に1通の封筒が届いた。差出人の名前は「犀川くるみ」。久しぶりに見たその名前に高揚感と戸惑いと、彼女が背中を押してくれたのに何者にもなれていないことへの罪悪感を抱きながら、封を切った。
 封筒には、海瑠【みるう】という娘がいること、東京への憧れを原動力にラジオをやっていること、もうひとりのパーソナリティと衝突してしまったこと、訳あって海瑠に直接手を差し伸べられないこと、夢を叶えることと夢を諦めることの難しさを知っている私なら海瑠を救えるかもしれないと思ったこと、次の収録が2週後にあることが書かれた手紙とともに、「tokumitsu」と書かれたCDが入っていた。
 かつて抱いていた「くるみと仕事をする」という夢は、きっともう叶わない。でも、あの日の夢見たゴールがかたちを変えて私とくるみを繋ぐ道になったのだとしたら、私がやるべきことはひとつだった。 

 

 *

 

 数日後、金沢駅に到着した私を出迎えたのは金髪の女性だった。
「ども。八百枝さん、ですよね。あたしが吉田文音【よしだあやね】です。話は聞いてるんで、とりあえず車乗ってください」
 この人が当人というわけか。年齢は同じくらい。音で聞いていたよりも大人びて誠実な雰囲気を感じる。車のシートも綺麗だし、フレグランスも使っているみたいだ。
 そんなことを観察しながら文音の車で20分ほどかけて連れてこられたのは、パーキングエリア内のフードコートだった。平日ということもあってか、人気は少ない。私はラーメンを、文音はカレーをそれぞれ注文して席につく。程なくして、文音が切り出した。
「どう、思いますか」
「これまでの回は一応すべて聞いたけど、前回の海瑠ちゃんは確かにふわふわしてたかもね。吉田さんが怒るのも仕方ないよ」
「あの、そういうのいいんで。放送作家としての意見を正直に言って」
 文音は真剣な眼差しで真っ直ぐこちらを見ていた。文音だって大人の女性だ。薄っぺらい言葉では誤魔化せないし、私がくるみに呼ばれた理由は分かっているつもりだ。腹を割って話そう。
「わかった。……率直に言って、最悪だった。海瑠ちゃんも良くなかったけど……吉田さんのあのやり方はちょっと、ね」
「……それは分かってる。あたしが悪かったって」
 やはり、文音は自覚していたのだ。であれば話は早い。単刀直入に質問をぶつけよう。
「吉田さんは海瑠ちゃんにどうしてほしかったの?」
 一転、文音は俯きながら、自らの言葉を探すように小さな声で答える。
「あたしは……あたしは、別にミルが東京に行くのが嫌だったわけじゃないし、むしろ夢を叶えてほしいと思ってる。だけど、あの日のミルはあたしを見ていなかった。それが……なんというか……」
「苛ついた?」
「いや」
「羨ましかった?」
「違います」
「失望した?」
「そんなことない!」
「じゃあ……寂しかった?」
 文音がはっと顔を上げる。
「そう……かもしれない。あたしは寂しかったんだ。それで取った選択があの態度って、ほんと大人げないや。ちょっと自己嫌悪かも」
 言葉とは裏腹に晴れやかな笑顔。やっとこの感情に、この表情にたどり着いた。まずは自分の気持ちをちゃんと自覚すること。ここがスタートだ。
 続けて、文音は独り言のように話し始めた。
「……あたしはミルのことが好き。もっとミルのことを知りたいし、もっとミルにあたしのことを知ってほしい。最初は歳の離れた妹みたいな感じだったけど、最近はそれだけじゃなくて。
 ラジオって不思議だよね。もちろんシーズン1の頃だって1人で話すことは多かったんだよ。打ち合わせもちゃんとしてたし。でも、いろんな人に聞かれているはずなのに、ブースの中では打ち合わせよりも深い話をしちゃう。あたし自身も気付いていなかったところをミルに気付かされることが多くて、多分それはミルも同じで、それが本当に面白いなって。
 ミルには悪いけど、あたしは1位になりたいとかは思ってない。ただ、ミルと一緒に喋りたいだけ。これからも」
 それに気付けたということは。
「吉田さんは、成長したってことじゃないかな」
「成長?」
 この2人は、もうちゃんとラジオをしている。あとはその魅力と尊さに気付かせてあげるだけだ。
「パーソナリティってどういう意味か知ってる?」
「ラジオで喋る人……?」
「それもあるけど、元々は個性とか、人格とか、性格とか、そういう意味なんだ。そう考えると凄いなぁって思わない? 喋りを通して、自分のこと全部を声に乗せるんだ。リスナーやパートナーに対して喋っているようで、実際はそれと同時に自分にも向き合っている。そしてリスナーは、その様子を音から想像する。それがラジオの魅力だと思う」
 そう。ラジオは想像のメディアだ。TVや動画サイトとは違う。音しかないからこそ、その先の景色を、パーソナリティを想像することができる。そこに楽しさと深さがあるのだ。
「自分に向き合う……」
「そう。だから吉田さんは成長してるんだよ、海瑠ちゃんとのラジオを通して」
「……なんかうまく言いくるめられたような気もするけど、ちょっと楽になった。ありがとね」
 文音は、照れたように笑いながらスプーンを手に取る。
「それじゃ食べよっか。もうだいぶ冷めちゃったけど」
「うん。いただきます」
「いただきます」
 麺の伸びたラーメンを美味しいと感じたのは、この日が初めてだった。

 

 *

 

「あの」
 駅まで送ってもらった後、新幹線の改札前で文音は私を呼び止めた。
「ほんとにありがとう。最初はミルと話せばなんとかなるっしょーとか思ってたけど、八百枝さんと話せてよかった。それこそ、自分でも気付いてなかった気持ちに気付けたし」
 そう話す文音はすっきりとした顔をしていて、私は安堵しながら冗談半分で言葉を返した。
「『慎也と文音の花金ラジオ』、やる?」
「やめときます」
「そりゃ残念」
 いいラジオができると思ったんだけど。もう半分は本気だった。
「じゃあ、そろそろ時間だから」
「はい。また来てよね。ここ、ちょっと田舎だけどいいとこだからさ」
「うん。8番ラーメンもリベンジしないといけないしね」
「だね」
 過ごしたのは半日だけだったが、通じ合った感じがしているのは傲慢だろうか。名残惜しくも晴れやかな気持ちで改札を通過し、新幹線に乗る。席についてPCを開くと、

 

 

 ●本編

「吉田さん、準備いいですか?」
 海瑠からのメッセージが届いていた。もうそんな時間か。あたしはキーボードを叩く手を止め、ソフトを立ち上げて海瑠と画面越しに通話を繋げる。
「お疲れさまです」
「おう。お疲れ。今月はどんな感じだった~?」
「やっと慣れてきたって感じですね、家事も仕事も」
 海瑠が東京でひとり暮らしを始めてから、ちょうど2ヶ月。ぐっと大人びたように見える。本当に、若い子の変化は早い。
「初ボーナスはどうするの? どうするの?」
「いやそんなわくわくされても。普通です。実家にお酒を贈りますよ」
 お酒。お酒かぁ。制服姿の女の子にカツアゲを疑われたあの夏を思うと、さすがに少し感慨深い。
「ちぇ~あたしには何かないの~ミル~」
「もう、今度こっちに来たら何かあげますから我慢してください」
「じゃあノドグロでしょ、能登牛でしょ、きんつばでしょ、加賀棒茶でしょ。あとは」
「地元大好きだな!?」
 うん、今月も絶好調。良い声、良いキレだ。
 月に一度訪れるこの日を、ずっと続けていく。その未来を想像するだけで、鳥肌が立って、胸が熱くなる。でも、海瑠の世界は止まらないし、あたしも止まってる暇なんてないのだ。8年前の9月、あたしはあたしと話して答えを出したのだから。
 ほら、海瑠がもう喋り始める。
「始めますよ! 海瑠と」
文音の」
「月末ラジオ!」

 

(了)

 

~~~~~~~~~~

3年越しのあとがき

 

 あんまりあとがきでネタバラシするのもアレですが、もう3年経ってるしいいよね(あと何より、私自身が忘れそうなので…………)。

 

 私にガルラジを教えてくれたのはケイスケさんでした。ケイスケさんは、自分自身と戦いながら不器用ながらも頑張っている男です。その姿はとてもカッコいい。なので、ガルラジ合同本には、私も小説で参加しようと決意しました。

 とはいったものの、小説は書いたことがなく……というのは実は嘘で。中学生くらいの頃にやっていたブログで、3話くらいまで書いたことがあるのですが、あまりにも面白くなくて挫折してしまいました。私は私の書く文章が好きですが、それは多分私のことが好きだからであって、私が紡ぐ他人の人生にはさほど興味がないのかもしれません。あるいは、単純に才能がないという可能性も大いにありますが。

 

 小説を書くにあたって、まずはガワの部分を決めました。面白い小説はつくれないかもしれないけど、俺にしか書けない小説はあるはずだと。そういう方向なら、ガルラジになにか爪痕を残せるのかもしれないと。

 そしてたどり着いたのが「放送作家の話にする」というものでした。

 私は大学生の頃、ラジオの放送作家を目指して勉強していました。今思うとかなり若いやり方ではあったんですが、当時は青いなりに本気だったなと。であれば、テーマとしてそれを選ぶことで、私にしかできない物語が作れるだろうし、ラジオというメディアがくれた出会いへの恩返しもできるんじゃないかなと思ったわけです。

 

 ただ、ガルラジ世界線において、放送作家は存在しません。役割分担によってそれが置かれているチームもありますが、基本的にはパーソナリティ自らが放送作家を兼ねています。うーんどうしよう……と悩んだ末にたどり着いたのが、

  1. 吉田文音が生み出した別人格(八百枝慎也)を主人公にすること。
  2. その主人公が、放送作家(=パーソナリティよりも一歩引いた立場で番組を作る=チーム徳光における吉田文音の動き)をしていること。
  3. 吉田文音が、徳光2-4から徳光2-5の間の2週間で、きっと何度もしたであろう自問自答(=八百枝慎也、つまりチーム徳光を客観視する存在との会話)を描くこと。
  4. 吉田文音が、そんな2020年を振り返って書いた小説であること。

という仕掛けでした。

 <YOSHIDA AYANE>を並び替えると<YAOEDA SHINYA>になること。<●オープニング>から<●本編>で一人称が変わる(=視点人物が八百枝慎也から吉田文音に切り替わる)こと。「8年前の9月、あたしはあたしと話して答えを出したのだから」という記述。この3つがネタバラシポイントですね。気づいた方がどのくらいいるかはわかりませんが、私としては満足しています。それと、回想ではなく今のふたりを<本編>の扱いにしたのも小さな拘りでした。

 

 あれから3年経ち、ちょっとだけ勉強したりもしたので、今ならもう少し体系的なプロットを切れるはずなのですが、こちらもやっぱり「青いなりに本気だったな」と思える文章になっていたことが、改めて読み返した今、とても嬉しいです。

 マンデーラジオまではいかずとも、大人になっても月に一度くらいは通話して、あのときのようにラジオをしていてほしい、という願いを込めた小説でした。2023年3月にガルラジプロジェクトは一区切りを迎え、より「デイズ」の意味を強く感じるようになりましたが、2020年の私も「デイズ」をよすがに生きていたんだと思います。本当に本当に、ありがたいプロジェクトですね。

 

 2023年も、これからもずっと、ガルラジ!

 

sehaku.hatenablog.com